日本の労働市場は、経済の変動や政策の変更によって常に変化しています。そのなかでも、最低賃金の改定は多くの企業や従業員にとって大きな影響を与えるテーマといえるでしょう。
最低賃金が引き上げられると、企業の経営や採用戦略にさまざまな影響を及ぼします。そして、企業はそれをどのように乗り越えていけばよいのでしょうか。本記事では、2023年の最低賃金と、改定に伴う注意点を解説していきます。
最低賃金とは
そもそも最低賃金とは、労働者の生活を守るために政府が定める「最低限の賃金」を指します。最低賃金は産業や職種に関係なく、各都道府県内の事業所で働く労働者に支払う賃金の下限を定めるものです。
最低賃金は、経済の健全な発展や労働者の生活の安定を図るための役割を果たしています。ここでは、最低賃金の基本について解説します。
最低賃金の目的
最低賃金制度は、最低賃金法によって定められている国の制度です。最低賃金制度の目的は、労働者の生活の安定、労働力の質的向上、事業の公正な競争の確保、国民経済の健全な発展に寄与することが挙げられます。
最低賃金が上がれば、労働者一人あたりの収入が増えるため、消費が増えることが予想されます。それによって景気回復につながることが期待されています。参考までに厚生労働省では最低賃金制度の目的について、以下のように定めています。
第1条(目的)
この法律は、賃金の低廉な労働者について、事業若しくは職業の種類又は地域に応じ、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
引用:厚生労働省|最低賃金制度の意義・役割について
最低賃金の適用対象
地域別最低賃金は、企業と雇用契約を結ぶすべての人に適用されます。つまり、フルタイム、パートタイム、アルバイト、派遣社員など、あらゆる雇用形態の労働者に対して適用されるものです。このような広範な適用範囲を持つことで、全ての労働者の権利を保護しています。
一方、特定(産業別)最低賃金は、特定の産業の基幹的労働者とその使用者に対して適用されるため、18歳未満または65歳以上の方、雇用後一定期間未満の技能習得中の方、その他当該産業に特有の軽易な業務に従事する方には適用されません。
最低賃金が引き上げられる理由と決め方
最低賃金は、物価の変動や経済状況の変化に応じて、毎年10月に改定されています。物価上昇や経済の成長に伴い、労働者の生活費も増加するため、それに合わせて最低賃金も引き上げられるのです。
最低賃金の決め方としては、中央最低賃金審議会が地方最低賃金審議会に対して、金額改定のための引き上げ額の目安を提示。その目安を参考にしながら地方最低賃金審議会は、地域の実情に応じた地域別最低賃金額の改正のための審議を行います。
このように、最低賃金は地域ごとの経済状況や労働市場の実情を反映させつつ、全国的な均衡を保つための調整が行われているのです。
最低賃金を守らなかった場合
最低賃金は、最低賃金法によって定められています。最低賃金を下回る賃金を支払った企業や経営者は、罰金(50万円以下)が課せられます。仮に最低賃金額に満たない賃金を労働者と使用者間で合意した場合でも、法律によって無効とされ、最低賃金額との差額を支払わなければなりません。
このような罰則を適用することで、企業に最低賃金の遵守を促すとともに、労働者の権利を守ることを目的としています。
【2023年度】各都道府県の最低賃金一覧
2023年度(令和5年度)における各都道府県の最低賃金は、全国で39円〜47円と過去最高の引き上げ額となります。以下の表では、47都道府県の最低賃金と引き上げ額、発効予定日をまとめています。
都道府県 | 最低賃金(円) | 引き上げ額(円) | 発効予定日 |
北海道 | 960 | 40 | 2023年10月1日 |
青森 | 898 | 45 | 2023年10月7日 |
岩手 | 893 | 39 | 2023年10月4日 |
宮城 | 923 | 40 | 2023年10月1日 |
秋田 | 897 | 44 | 2023年10月1日 |
山形 | 900 | 46 | 2023年10月14日 |
福島 | 900 | 42 | 2023年10月1日 |
茨城 | 953 | 42 | 2023年10月1日 |
栃木 | 954 | 41 | 2023年10月1日 |
群馬 | 935 | 40 | 2023年10月5日 |
埼玉 | 1028 | 41 | 2023年10月1日 |
千葉 | 1026 | 42 | 2023年10月1日 |
東京 | 1113 | 41 | 2023年10月1日 |
神奈川 | 1112 | 41 | 2023年10月1日 |
新潟 | 931 | 41 | 2023年10月1日 |
富山 | 948 | 40 | 2023年10月1日 |
石川 | 933 | 42 | 2023年10月4日 |
福井 | 931 | 43 | 2023年10月1日 |
山梨 | 938 | 40 | 2023年10月1日 |
長野 | 948 | 40 | 2023年10月1日 |
岐阜 | 950 | 40 | 2023年10月1日 |
静岡 | 984 | 40 | 2023年10月1日 |
愛知 | 1027 | 41 | 2023年10月1日 |
三重 | 973 | 40 | 2023年10月1日 |
滋賀 | 963 | 40 | 2023年10月1日 |
京都 | 1003 | 40 | 2023年10月6日 |
大阪 | 1064 | 41 | 2023年10月1日 |
兵庫 | 1001 | 41 | 2023年10月1日 |
奈良 | 936 | 40 | 2023年10月1日 |
和歌山 | 929 | 40 | 2023年10月1日 |
鳥取 | 900 | 46 | 2023年10月5日 |
島根 | 904 | 47 | 2023年10月6日 |
岡山 | 932 | 40 | 2023年10月1日 |
広島 | 970 | 40 | 2023年10月1日 |
山口 | 928 | 40 | 2023年10月1日 |
徳島 | 896 | 41 | 2023年10月1日 |
香川 | 918 | 40 | 2023年10月1日 |
愛媛 | 897 | 44 | 2023年10月6日 |
高知 | 897 | 44 | 2023年10月8日 |
福岡 | 941 | 41 | 2023年10月6日 |
佐賀 | 900 | 47 | 2023年10月14日 |
長崎 | 898 | 45 | 2023年10月13日 |
熊本 | 898 | 45 | 2023年10月8日 |
大分 | 899 | 45 | 2023年10月6日 |
宮崎 | 897 | 44 | 2023年10月6日 |
鹿児島 | 897 | 44 | 2023年10月6日 |
沖縄 | 896 | 43 | 2023年10月8日 |
最低賃金の引き上げによる課題
最低賃金の引き上げは、労働者の生活水準を保護するための重要な措置ですが、それに伴い企業側にはさまざまな課題が生じます。
とくに企業規模や業種によっては、賃金の引き上げによる影響を大きく受けることが考えられます。ここでは、最低賃金の引き上げによって生じる課題を詳しくみていきましょう。
人件費の増加
最低賃金の引き上げにより、企業の人件費が増加します。労働集約型の業種や多くのパートタイムやアルバイトを雇用している企業においては、影響の大きさが想像に難くありません。
人件費の増加は企業経営の負担となり、利益の減少や価格の上昇を招く可能性があります。
採用難易度が高まる
最低賃金の引き上げに伴い、企業が提供できる賃金が限られるなかでの採用活動が難しくなることも考えられるでしょう。また、競合他社との賃金競争が激化し、優秀な人材を確保するために採用コストが増加する可能性があります。
扶養控除内で働く従業員のシフト減少
最低賃金の引き上げにより、扶養控除内での収入を希望する従業員のシフトが減少する可能性が考えられます。賃金の上昇により、扶養控除の上限に達しやすくなるためです。その結果、労働時間の調整やシフトの見直し、新たな人材の採用が必要となる場合があります。
最低賃金の引き上げまでにやるべきこと
最低賃金の引き上げは、企業にとって避けられない課題となっています。その影響を最小限に抑えるためには、事前の準備や対策が欠かせません。
企業は、最低賃金の引き上げを機に、給与や雇用の体系を見直すことで、競争力を維持しつつ、従業員の満足度を高めることが可能です。ここでは、最低賃金の引き上げに備えて企業が取るべきステップについて詳しくみていきましょう。
競合企業の給与を調査する
市場の給与水準を把握するためには、競合他社の給与情報を定期的に調査することが必要です。具体的には、同業種や同地域の企業の求人情報をチェックし、給与や福利厚生の内容を比較検討することが大切です。
人材業界団体や経済団体が提供する給与データを利用することで、より正確な市場価値を知ることができます。そのほかにも、Indeedなどの採用ツールでは、給与データベースとして地域の給与相場を調べることが可能です。
参考:Indeed
給与体系を見直す
給与体系の見直しは、企業の競争力を維持するための重要な対策のひとつです。固定給だけでなく、成果報酬や賞与、スキルアップに応じた昇給制度など、多様な給与体系を導入することで、従業員のモチベーションを向上させることができます。
また、従業員のパフォーマンスや貢献度に応じて給与を調整することで、生産性の向上を図ることも可能です。
雇用形態を見直す
雇用形態の多様化は、人件費の最適化や労働力の確保に役立ちます。たとえば、繁忙期や業務のピーク時を見越して短期または短時間の契約のスタッフを採用することで、人件費の増加を抑えることができます。
また、テレワークやフレックスタイム制度の導入により、多様な働き方を実現することで、従業員の定着を促すことができます。
求人情報を変更する
最低賃金が改定される前に、現在掲載している求人情報の給与をすべて見直しましょう。改定されてから最低賃金を下回っていると、法令違反に該当し、求人掲載ができなくなる可能性があります。
また、改定までに求人情報の内容や採用の方針を見直すことで、優秀な人材の早期確保を図ることができます。その際、賃金だけでなくキャリアアップの機会、研修制度、福利厚生など、従業員が求める魅力的な要素を強化することも意識しましょう。
最低賃金の引き上げの対策は改革のチャンス
最低賃金の引き上げは、多くの企業にとっては経営の課題となる一方、これを機に新しい取り組みや改革を進めるチャンスとも捉えることができます。
たとえば、最低賃金の引き上げの対策をするにあたって、無駄なコストがかかっている業務の見直しや、人事部門と協議して人材育成方針の見直しを図ることが可能です。
つまり、賃金の引き上げを単なるコスト増と捉えるのではなく、企業の成長や競争力向上のための契機として活用することで、組織力の向上につながるでしょう。ここでは、最低賃金の引き上げをチャンスと捉え、取り組むべき対策をいくつかご紹介します。
従業員のスキルアップに取り組む
従業員のスキルアップは、企業の競争力を高めるための鍵です。定期的な研修やセミナーを実施し、業界の最新トレンドや技術を学ぶ機会を提供することで、従業員の知識とスキル向上につながります。
近年では、技術の進化や業界の変化に伴い、従業員が持っているスキルが時代遅れになることを防ぐための「リスキリング」が注目されています。外部の専門家やコンサルタントを招聘して、実践的なワークショップやリスキリング研修を開催することで、従業員の能力開発につながるでしょう。
継続したスキルアップに取り組むことで、従業員のモチベーションや帰属意識も高まり、離職率の低下や生産性の向上がもたらされます。
企業DXによる生産性向上を図る
デジタルトランスフォーメーション(DX)は、企業の生産性や業績を向上させるための重要な手段です。業務のデジタル化や自動化を進めることで、従業員の業務効率を大幅に向上させることができます。
たとえば、クラウドサービスの導入でデータの一元管理を実現したり、AI技術を活用して業務の自動化や最適化を図ることなどが挙げられるでしょう。従業員の業務負荷を下げることで、より専門性の高い業務に専念することが可能です。
新しい採用手法に取り組む
採用活動は、企業の成長や発展のための基盤となります。従来の採用方法に固執するのではなく、新しい採用手法を導入することで、多様なバックグラウンドを持つ人材を確保することにつながります。
例えば、ソーシャルリクルーティングを活用して、SNSやオンラインプラットフォームを通じて求職者とのコミュニケーションを図ることも可能です。また、オンライン面接やグループ面接を導入することで、より多くの求職者との接触を実現し、採用の成功率を高めることにもつながります。
採用活動の効率化を図るためには、採用管理システム(ATS)の導入もおすすめです。弊社が提供する採用管理システム(ATS)アットカンパニーは、パソコン操作が苦手な方でも、求人のプロである担当者に、採用ページの作成や更新をまるっとお任せできる採用支援ツールです。
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まとめ
最低賃金の引き上げは、人件費の増加や採用の難易度の上昇など、多くの企業にとって大きな経営課題となっています。しかし、この課題を単にコスト増として捉えるのではなく、企業の成長や競争力向上の契機として捉え直すことが大切です。
なぜなら、賃金は労働者にとって生計を守るために欠かせないものであり、景気の変動や物価の上昇によって、より高い賃金を求めることは当然のことだからです。そのため、ビジネスのあり方を抜本的に見直すことが求められます。
具体的には、従業員のスキルアップやリスキリング、企業のデジタルトランスフォーメーションの推進など、前向きな取り組みを進めることで、最低賃金の引き上げをビジネスの大きなチャンスとして捉えることができるでしょう。